市村幸一

ゴーンの狙い

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三菱が日産の傘下に入ってしまいましたね・・・

三菱のイメージ 「 ごつくて重量感とパワーの塊 」 の感じ・・・

対して日産のイメージ 「 スマートで洗練されたスタイル、そしてスピードへの

飽くなき挑戦 」 と言う感じです。

どちらも戦前戦後から続く老舗の会社ですがその足跡はどうだったのでしょうか ?

この ” 三菱 ” というのは兎に角、興味深い物ですね。

ざっくり言うと 「 龍馬なき海援隊の解体した時に、受け皿的に引き継いだ会社 」

ということですね。 ( 岩崎弥太郎が三菱の創設者です )

血筋は、甲斐武田の末裔で由緒ある血筋です。

土佐山内家の家紋と、三菱の創設者の岩崎家の重ね三階菱の家紋を合わせて ” 三菱 ” 

とした。

若いころはザックリ言うと ” ただ熱い男 ” だったような・・・

気持ちが急ぎすぎて準備が不備な時も有りました、が、彼には他の人に無い物が

ありました。

それは ” 長期的な目 ” である、世の中がバタバタしてる時に財を成しえる。

これが ” 三菱 ” ベースである。

彼が38歳の時に ” 三菱 ” という社名がこの世に出てきました。

日産の歴史は正に 「 駆逐の歴史 」 でもある・・・

三菱の歴史より遥かに面白いですね。

長州藩士の子孫として生まれ、一般人となり ” 鋳物 ” の仕事をしておりました。

そして ” 日立金属 ” を創設、その後、義弟の鉱業の会社の社長に就任。

昭和3年に ” 日産 ” の原点が出来た・・・

ここからが破竹の勢いで、イギリスのオースチン社に始まり、民生デイゼル、プリンス

自動車工業、富士重の一部の会社も日産が技術的に自分の物としてしまう・・・

( ダットサン、スカイライン もこの中に入ってます )

が、唯一勝てない相手がいた、それが ” トヨタ ” だ・・・

” 日本自動車配給株式会社 ” の解体の時に販売ディーラー系列は全て

トヨタに持っていかれました。

と言うより、 ” 豊田喜一郎 ” が一枚上手でした。が、ここで ” 技術の日産 ”

の名を不動の物にしていた車が ” ダットサン ” であった。

” 三菱 ” と ” 日産 ” の明らかに違うのが 「 独自のこだわり 」 では

ないかな ?

” 三菱 ” のこだわりは ” パジェロ ” にあって 「 ガソリン喰って

でもパワーを出す ! 」 ではないでしょうか ?

” 日産 ” の狙いはただ一つ 「 パワー 」 ですね

” GTR ” が世界一速い車を作るためです。

” 三菱 ” は少しでも日産の技術を学ぶことを望みます。 ( 頑張れ~ ! )

今日のBGMは ” R・Y・U・S・E・I ” です

おっさんは三菱の車を運転したことはないですね。

パリ・ダカでもパジェロでいい成績を収めてるはずです、ファンは多いぞ~ !

お~し、今日も頑張るぞ~ !

-市村幸一

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